完熟堆肥について

土壌微生物について

 土壌には様々な微生物が生息していますが、大きく分けると原生動物、藻類、糸状菌、放線菌、細菌となります。その中で有機物の分解に大きく寄与しているのは糸状菌、放線菌、細菌です。堆肥発酵の初期段階には様々な種類の糸状菌(カビ)が増殖しますが、リゾクトニア菌・ピシウム菌・炭疽病菌など芝草の主な病原菌とされているのがこの糸状菌です。糸状菌は土壌中に10万種類以上存在するといわれており、すべての糸状菌が有害なわけではありませんが、糸状菌が旺盛に繁殖する環境はまだ堆肥としては未成熟ということになります。

 更に堆肥の発酵が進むと放線菌(現在知られているだけで2000種類以上)が増えてゆきます。放線菌は体から抗生物質を放出して他の菌を殺します。とはいえ他の菌を皆殺しにするということはせず、特定の菌が異常増殖することを防いでバランスを取って共存します。また、この段階では堆肥の温度は60℃以上になり、熱に弱い細菌などは活動できなくなり大幅に減少します。

 その後堆肥の発酵が落ち着いてくると堆肥の温度がゆっくりと下がっていき、更に多くの種類の微生物が現われてきます。細菌の種類に至ってはDNA的な分類をすると100万を超えるとも言われています。そのため堆肥が熟成されてゆくにしたがって菌種の多様性が増してゆき、より生物的な緩衝能力の高い堆肥となります。こういった完熟堆肥が撒かれた土壌は病害が発生しにくくなりますし、悪臭を発生する腐敗菌の増殖も抑えられます。

 さらに堆肥の熟成が進むと、リグニンと呼ばれる木質を構成する高分子が分解されてゆき、腐植が増えて土壌改良効果が高くなっていきます。

 

 

腐植について

 腐植はリグニンの分解物と微生物の死骸から発生するタンパク質やアミノ酸が、微生物や化学的な作用を受けて生成するものです。様々な化学構造を持った高分子の物質で、色は真っ黒です。腐植は粘土鉱物中の金属と結びつき、土壌の団粒構造を形成します。また、陽イオン交換容量(CEC)も非常に大きく、保肥力の向上にも寄与します。

 腐植は土壌の物理的・化学的緩衝能力を高め、更に微生物の棲家にもなりますので、土壌にとって大変有用なものです。

 

 

熟成期間について

 通常堆肥には多かれ少なかれ木質や藁・籾殻などの原料が用いられることが多いですが、そういった原料は微生物による分解に要する時間が長く、炭素率(C/N比)を下げるのに時間がかかります。しかしC/N比の値が大きい堆肥は土壌に与えた時に窒素飢餓を起こす恐れがあり危険です。そこで尿素などの化学肥料や畜糞を加えることで窒素分を補ってC/N比を下げ、半年以下の熟成期間で製造し完熟堆肥としているケースが多いです。

 しかし堆肥の土壌改良効果はリグニンから生物的・化学的変化を遂げて生成する腐植によるものが大きいですし、木質原料から発生する植物の育成に有害なフェノール系の物質を分解・除去するための時間も必要です。更に微生物の多様性が安定してくる期間も考慮すると、最低でも1年以上の熟成期間が欲しいところです。

 更に高い土壌改良効果と安全性、緩衝能力を期待するのであれば3年以上の熟成が望ましいです。3年以上熟成された堆肥は肥料成分(NPK)の含量が非常に小さくなっており、肥料としての効果は小さいですが、土壌改良資材としては完璧なものになります。

 畑のように堆肥を撒いてから耕してしばらくしてから効果が出てもよいということであれば多少短い熟成期間の堆肥でも使いこなせるかもしれませんが、ゴルフ場は耕すことはできず芝の上から目土としてかけるしかありませんので、本当に完熟した堆肥でなければなりません。3年以上熟成した堆肥は無臭ですので、目土として撒いても問題ありません。

 

 

厩肥について

 厩肥(堆厩肥)とは家畜の糞を主な原料として発酵させたもので、肥料として使うことを目的としていますので、NPKを多く残すような作り方をしています。つまり、熟成期間は必要最小限に留めています。発酵と熟成の期間を合わせて数か月というのが一般的です。

 厩肥の製造工程では籾殻や木屑を投入することが多いですが、これらが少ないと製品に臭いが強く残りますし、逆に多いと熟成が足りず(炭素率が高い)作物に害を与えることがあります。

 厩肥は微生物バランスや腐植よりも肥料成分に重きを置いたものですので、数か月で製造されたものでも完熟堆肥として流通しています。もちろん良質のものでしたら畑作の元肥として化成肥料と併用するなどして十分に有用なものですが、質の悪いものは窒素飢餓などの障害を与えます。製法や原料がきちんと管理されていて使用者が納得している製品なら良いですが、そうでなければゴルフ場の芝草に使用するのは避けた方がよいと考えます。

 

 

ボカシ肥料について

 ボカシ肥料は油粕、魚粕、魚骨粉、カニ殻、米ぬか、ステビアなど短期間で腐熟が進む有機物だけを数か月以上発酵・熟成させて作った肥料のことをいいます。製造過程の発酵・熟成の際に土などに混ぜることはありますが、本来畜糞は加えません。厩肥とボカシ肥料はともに有機質肥料と呼ばれますが、安全で高品質なのはボカシ肥料の方です。

 ボカシ肥料は昔から篤農家が自分で作って使用していたものですが、外部から購入するとなると手間暇がかかるためやや高価なものでありました。しかし近年、有機農法に限らず一般の農家やゴルフ場でも化成肥料の代わりにボカシ肥料を使うようになってきています。ボカシ肥料は肥効がゆっくりと現れることや、土壌中のバクテリアを増やす効果がある事などが注目されています。

 また、近年芝草用の肥料ではアミノ酸や核酸入りを謳った資材が増えてきていますが、そもそもボカシ肥料中の窒素のほとんどは有機態として存在しており、その有機態窒素というのは主にアミノ酸(及びたんぱく質)や核酸のことです。ボカシ肥料の製造過程で、微生物は原料の有機物を食べて増殖し、アミノ酸を分泌します。また、微生物の細胞一つ一つにたんぱく質や核酸が含まれており、微生物が死骸となって他の微生物に食べられるということを発酵・熟成期間で何世代にもわたって繰り返し、アミノ酸や核酸が豊富な肥料となります。十分に発酵して熟成されたボカシ肥料には、特に何も謳っていなくてもアミノ酸や核酸が豊富に含まれているものです。

 さらに微生物の死骸からは植物の成長に有益な酵素も放出され蓄積されていきますので、発酵・熟成の期間が長いボカシ肥料は単なるNPKの成分値以上の効果が期待できます。